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あの空の下で 吉田修一著 集英社文庫

あの空の下で 吉田修一著 集英社文庫

 

ANAの機内誌『翼の王国』に連載されていた短編とエッセイをまとめた本書。

旅をテーマにして、エッセイでは著者が実際に旅をした所感と、短編では海外へ旅行した主人公たちの物語を描いている。

 

エッセイではバンコク、ルアンパパン、オスロ、台北、ホーチミン、スイスでの著者の旅行記が書かれている。各地での出来事、人間関係、感じたこと、日本とのオーバーラップ。私が特に心を和ませられたのは、タイと台北。両方、日本人に優しいという国で、文章には南国独特のホスピタリティが書かれてある。旅行記で日本人に好意を持っている国があると聞くとそれだけで嬉しくなる。著者はエッセイでディープな場所に行くこともあるのだが、その時の高揚感、不安感、うらさびしさ、目的地に辿り着けたときの安堵感、それを情景とともに描くのでこちらも著者の旅を追体験したような楽しさがある。

 

短編では、日本国内、海外各地へ旅行する主人公目線での物語が描かれている。飛行機の中での元カノとの出会い(確率的にはものすごい偶然だと思うが)、独身男性が同じアパートの他の住人の手紙を見てしまう、国内の知らない街を当てもなく散策する男性と主人公とのやりとり、迷い込んだ路地が依然付き合っていた彼女のアパートの近くであり付き合っていた当時を振り返る、高校時代の先輩と後輩との二十年ぶりの出会いと高校時代の沖縄での出来事の回想、ニューヨークでの胸すくような現地の日本人の女の子との出会い、高校時代の親友が小説家で高校時代にあった思い出の話、11歳年下の男性と香港を旅行する女性の物語、別れた女性が好きだった台湾への男性一人の旅行模様、上京した息子の生活が気になり押しかける母の心理描写、仲の良い女友達とのサンフランシスコでの結婚式とその旅行、マレーシアでの新婚旅行での新婦の幸せな情景。以上12の短編が載ってある。

 

陰も陽もある短編の中で、私は陽のある短編に惹かれる。せっかくの旅行記、楽しんで読まなければもったいない。本としては陰な部分もあって陽が引き立つのではあるが。ベスト・フレンズ・ウェディング(仲の良い友達とのサンフランシスコでの結婚式とその旅行)の中での女友達と一緒にいる心地よさ、最後にその輪から離れ一人行動をしたいという主人公の決意が清々しい。また、流されて(マレーシアでの新婚旅行での新婦の幸せな情景)は今までのいわゆるだめんずとの恋愛の回想、夫となる人との新たなる幸せな情景。最後の『そのとき、見つけた、と私は思った。この空がどんな青か、答えられる人ではなくて、この空と同じ色の笑顔を見せる人を。』の文章の中に結婚と人生の幸せの縮図が詰まっていると感じた。突き抜ける青とこれから共にしていく伴侶の笑顔、そこには不安も徒労も何にもない、ただただ幸せしかないのだと思う。

 

 機上の人がこの本を読んだらますます旅行に対して期待感が持てる、地上の人でも飛行機に乗ってどこか行ってみたくなる、単なる旅情でない作りこまれた物語がたくさん詰まっている1冊である。